SDIのメッセージ

(23)店長の“説明責任”の重要性

結果に対する責任だけでは不十分?

私自身が以前所属していた会社で、チームマネージャーを任されていた時、「マネージャーはチームの成果に責任を持つ」ということは理解しているつもりだった。
結果が良ければ、メンバーのおかげであり、逆に悪ければマネージャーである自分の責任である、と言う認識で、「もし組織(会社)と約束した結果が出せない状況が続けば、責任をとってマネージャーを降りる」という覚悟はできていた。
それこそが、マネージャーとしてあるべき姿であると思い込んでいた。

しかし、その後ある本を読んでいて、衝撃を受けた。
そこにはマネージャーには以下の3つの責任がある、と書いてあった。
①結果に対する責任
②結果(プロセス)に対する説明責任
③今後の対策に対する説明責任

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なぜこのことに衝撃を受けたのか?
振り返ってみるとそれまでの私は結果(プロセス)に対しては、必要があれば振り返りをし、なぜそういう結果になったかの原因を自分なりに分析し納得していたし、聞かれれば報告する、というレベルであった。
そこから導き出された今後の対策についても、「要は翌月結果をもって証明すればいいんでしょ」という感覚に近かった。
月次報告というフォーマットもあったが、半分「やらされ意識」で、締め切りに追われ、パターン化した内容をコピペして出す、ということもなきにしもあらずだった。
また、「どうせ報告をしても、上司も忙しくて見ていない。それより数字を出してやってますよ、と安心感を与えるほうが大切」という同僚もいて、妙に納得してしまった記憶もある。
同時に、「説明」ではなく、「言い訳」に終始している他のマネージャーの姿を見て、「ああはなりたくない」と思ったものである。

しかし今やグローバル化が進み、ビジネスの仕方について、改めて世界の基準で見直す必要が出てきた。
その際、海外のビジネスパーソンから見ると、無駄に感じるぐらい「ホーレンソー」にうるさい日本人が、なぜかこの「説明責任」については認識が浅いということが気になるらしい。
一見些細なことのようだが、これが意外に大きな差を生んでしまう。
そこで改めて店長としての説明責任を自覚しているか、していないかによってどのような違いが生まれるのかについて考えてみたい。

説明責任を果たすと果たさないでは何が違う?

上記の②にあたる「結果(プロセス)に対する説明責任」を果たすとは、要するに「なぜこういう結果に至ったか」を客観的且つ論理的に第三者に根拠をつけて説明し、納得を引き出す、ということである。
ということは、その前提として、「私は状況をこのように読んで、だからこそ、~という計画を立てて取り組んだ。」という数字につなげるための明確なシナリオが必要である。
そして、そのシナリオに沿って行動していたら、途中~という計画外のことが発生し、その際の判断と行動(プロセス)によって想定に対する実績(結果)が生まれた。
そこから、「そもそものシナリオ自体に問題があったのか」、それとも、「ずれをキャッチするタイミングが遅すぎたのか」あるいは、「判断・動きに問題があったのか」等が見えてくる。
だからこそ、「次に何をどう見て、どういうシナリオで動けばよいか、もし想定外のことがあればどうすべきか」、という③の「今後の対策に対する説明責任」が導き出される。

それを店長が自覚をもって主体的に行うことによるメリットとしては以下のことが挙げられる。

①それが第三者に明確に共有できるということは、組織としてのナレッジ(有益な情報、ノウハウ)になって積みあがっていく、ということを意味する。
②あなたの上司も、その上の上司にきちんと状況報告ができ、組織としてどう対処すべきかという提案にもつなげられる。
③そこまできちんとやってこそ、店長自身、関係者からの信頼も得られる。
④同時に、スタッフの取り組み対する公正な評価にもつながり、モチベーションを保つことができる。

逆にその自覚がないと、がんばっているつもりでも損をしてしまうことも出てくる。たとえば
①結果について聞かれても「いろいろ努力したんですが・・・」「思ったより天候が悪い日が続いて客数が伸びなくて・・」というレベルで終始、時間の無駄を生むだけで、信頼も地に堕ち、店長としての成長も望めない。
②結果的に適切な協力を引き出せない。
③組織としてもせっかくの経験を踏まえたノウハウの蓄積が起こらない。

あなたからみて、もし部下であるスタッフがこの説明責任を認識し、果たしてくれたら、組織運営はどれほど効率的・効果的かを想像してみると良い。

そして、それが個々のレベルではなく、“組織風土”となるとさらに決定的な違いとなる。
説明責任を果たすためには、相手を納得させるための準備=自分の計画及び行動をきちんと振り返る習慣を根付かさざるを得ない。それはすなわち、自律的に動けるプロフェッショナル集団への道となる。

私自身、仕事を通じて多くの会社・店長の話を聞いてきて、その自覚が醸成されているかいないかで、店長自身の組織に対する影響力が大きく異なることを学んだのである。

今こそ改めて説明責任を見つめなおす

新型コロナにより、世界も個人もほぼ経験したことのない状況にぶちあたっている。
しかし、だからこそ、お互いに経験から学びあい、今後のノウハウの基盤にする責任がある。
そのためにも、改めて店長として関係者に対し「3つの説明責任」を果たしているかを点検してみよう。

先日話をしたあるブランドの店長は、「売り上げは正直厳しいです。ただ、“コロナだから仕方がない”に流されてしまうと、新しいデジタル化の流れにも乗り遅れて、自分自身が今後通用しない人間になってしまう危機感はあります。
ライバル店の店長がやっていそうなことで、自分がまだやれていないことはないか?
情報を貪欲にとってダメ元レベルでチャレンジしてうまくいったことはきちんとポイントをまとめて上に報告します。
それによって、逆に結果だけでなくプロセスにも注目してもらえて、スタッフの頑張りも伝えられます。
同時に、そこから新しいやり方の芽もでてきています。
私の責任は、スタッフ自身も喜んで新しいことに挑戦し、それをきちんと理解してもらえるよう関係者に説明し、この危機を一緒に乗り越えることです」と言っていた。

リテールの新たな未来への道づくりをしっかり行っていくのはこういう店長なんだ、と頼もしく思えた。

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